肩甲背神経と長胸神経障害(中斜角筋症候群)


肩甲背神経と長胸神経の障害では、肩甲骨の動きが不安定になり、上肢の挙上運動に障害が現れる。

 

又、肩甲骨の固定が緩くなる為、肩甲骨の内側縁が胸郭から浮き上がる翼状肩甲と呼ばれる徴候が現れる(図4参照)。

 

肩甲背神経の障害では、かなりの頻度で肩甲骨内側縁に沿う痛みシビレを訴える。

 

「中斜角筋症候群」

肩甲背神経(C4,C5)と長胸神経(C5,C6,C7)は腕神経叢の最も背側層の神経系列で、腕神経叢の最も近位の神経根から分岐する(図1参照)。

肩甲背神経と長胸神経 (中斜角筋症候群)

肩甲背神経は、C4、C5頚神経の神経根から分岐して後方へ向かい中斜角筋を貫き腕神経叢の後方を下行する(図1参照)。

 

長胸神経は、C5、C6、C7頚神経の神経根から分岐して後方へ向かい中斜角筋を貫き腕神経叢の後方を下行する(図1参照)。

 

この中斜角筋貫通部で中斜角筋の過緊張により神経が絞扼(締め付けられる)されて障害を起こす事がある。

 

この絞扼性神経障害は中斜角筋症候群として知られている。

 

この症候群の場合、中斜角筋による神経絞扼部に圧痛が存在する。

 

肩甲背神経 大菱形筋 小菱形筋 肩甲挙筋

肩甲背神経のC4からの神経束は、斜角筋を貫通した後、肩甲挙筋の一部に筋枝を与えた後、肩甲挙筋と菱形筋の深部を下行し、小菱形筋と大菱形筋に分布して終わる(図2参照)。

 

C5からの神経束は斜角筋貫通後、下行して肩甲骨内側縁に向かい、小菱形筋と大菱形筋の深部でこの筋肉に分布して終わる(図2参照)。

 

C4とC5の大・小菱形筋に分布する神経束は筋肉の内外で交通する。

 

肩甲背神経は肩甲挙筋や菱形筋に覆われて走行する為、外力による障害は極めて稀である。

 

長胸神経 前鋸筋

長胸神経は中斜角筋貫通後、C5,C6由来の神経束とC7由来の神経束が合流し、第1肋骨外側縁を越える。

 

その後、胸郭の外側で前鋸筋の表面を長く下行しながらこの筋肉に分布して終わる。

 

長胸神経は前鋸筋上で皮膚の下を長く走行する為、牽引、摩擦、圧迫等による物理的な力により障害を受けやすい。

 

このタイプの障害の原因として、重いリュックサックを長時間背負う、ゴルフスイングやテニスのサーブなどの肩甲骨を激しく動かすスポーツ、腕を挙上した側臥位(横向き)で眠る等が挙げられる。

 

その他、転移性乳がんにおける腋窩リンパ節切除など、神経の近くの外科的処置により障害される事もある。

「症状」


菱形筋の筋力低下により、肩甲骨の内転(肩甲骨を内方に引く)が主に障害され、肩甲骨の下方回旋と挙上も障害される。

 

前鋸筋の筋力低下では、肩甲骨の外転(肩甲骨を前外方に引く)が主に障害され、肩甲骨の上方回旋とある程度の肩甲骨の挙上も障害される。

「翼状肩甲」

翼状肩甲骨

肩甲骨の内側縁が浮き上がり翼の様に見える症候は翼状肩甲として知られている(図4参照)。

 

翼状肩甲の原因として、長胸神経障害(麻痺)による前鋸筋の筋力低下がよく知られているが、肩甲背神経障害による大・小菱形筋の筋力低下や副神経障害による僧帽筋の筋力低下でも生じる。

 

その他、肩関節の外転や外旋拘縮、進行性筋ジストロフィー等でも翼状肩甲が生じる。

 

*壁押しテスト:壁を両手で押すと翼状肩甲(右側)が著名に現れる(図4参照)。

肩甲骨を前方に引く筋肉は前鋸筋の他にない。

 

肩の運動の1/3は肩甲骨の動きで補われ、肩の運動時に肩甲骨が胸郭にしっかりと固定される事で肩の運動は成立する。

 

図5Aでは、前鋸筋、菱形筋、僧帽筋が正常に収縮し、肩甲骨内側縁を胸郭にしっかりと押し付け安定した状態で、上肢の挙上運動は正常に行われる。

翼状肩甲 僧帽筋 前鋸筋 菱形筋

図5Bは、前鋸筋の筋力低下が生じ、肩甲骨は菱形筋と僧帽筋によって内側に引かれて肩甲骨内側縁が後方へ浮き上がった状態を示す(内側翼状肩甲)。

 

図5Cは、僧帽筋、又は菱形筋の筋力低下を生じ、肩甲骨が前鋸筋によって外側に引かれて肩甲骨内側縁が浮き上がった状態を示す(外側翼状肩甲)。

 

これらの状態では肩甲骨に不安定性が生じ、上肢の挙上時に翼状肩甲が顕著になり上肢を挙上しての運動に障害が生じる(上肢挙上困難)。

 

前鋸筋麻痺では肩甲骨を前方へ引く力が低下する為、上肢の前方挙上時に翼状肩甲が特に顕著になる。

 

菱形筋、又は僧帽筋(中・下部線維)麻痺では肩甲骨を内方へ引く力が低下する為、外方挙上(外転)時に翼状肩甲が特に顕著になる(外転した状態で体を前方に傾けるとより顕著になる)。

 

その他の菱形筋の筋力低下による症状は、ドアを引いたり、ボートを漕ぐなどの引く動作、お尻のポケットに手を入れる、背中に手を回して掻く動作など、肩甲骨の内転と下方回旋を用いる動作に障害が生じる。

 

前鋸筋の筋力低下による症状は、ドアを押して開ける、前方へ手を伸ばして物を取るなど、肩甲骨の外転と上方回旋を用いる動作に障害が生じる。

 

「肩峰下インピンジメント症候群」

肩峰下インピンジメント症候群

肩甲骨を安定させる筋肉の筋力低下などにより、肩甲骨(肩甲胸郭関節)の正常な上方回旋能力を欠く場合、上肢挙上時に肩峰(烏口肩峰アーチ)と上腕骨頭の間でインピンジメント(衝突)が生じる(図6参照)。

 

この時、肩峰と上腕骨頭との間にある棘上筋腱、上腕二頭筋腱、肩峰下滑液包が挟まれて炎症を起こし肩に痛みを引き起こす。

 

この病態を肩峰化インピンジメント症候群と呼ぶ。

 

 

「筋肉からの関連痛(トリガーポイント)」

斜角筋に関連した痛み(関連痛):痛みは肩甲骨内側縁に現れ、前胸部、上腕の前面および後面から前腕の外側に放散し母指と示指に及ぶ(TPによる体幹上部と上肢の痛み・1、図2参照)。

 

肩甲挙筋からの関連痛:痛みは頚肩移行部(首の付け根)と肩甲骨内側縁に現れる。又、肩後面に放散する事もある(TPによる体幹上部と上肢の痛み・1、図1参照)。

 

菱形筋からの関連痛:痛みは肩甲骨内側縁に沿って集中し、肩甲骨上部にも広がる(TPによる体幹の痛み、図1参照)

 

前鋸筋からの関連痛:痛みは側胸部や肩甲骨下角の内側縁に現れ、上腕から前腕内側、小指と薬指まで放散する事もある(TPによる

 体幹上部と上肢の痛み・1の図11参照)。

 

「治療」


斜角筋への神経支配は、第2~8頚神経です。 

 

骨盤、腰椎、胸椎、頚椎をチェックして全体のバランスを取るように矯正し、第2から第8頚神経の状態を良くし、斜角筋の過緊張を改善する。

 

第一肋骨の動きもチェックして異常があれば矯正する。

 

体全体の経絡の調整によって斜角筋の緊張を緩め菱形筋、肩甲挙筋、前鋸筋の緊張を取り戻す。

  

肩甲背神経障害:斜角筋、肩甲挙筋、菱形筋とそれらに関連する筋肉(拮抗する筋肉と共同して働く筋肉)の反応点への鍼治療や徒手による治療を行う。

 

長胸神経障害:斜角筋、前鋸筋とそれらに関連する筋肉(拮抗する筋肉と共同して働く筋肉)の反応点への鍼治療や徒手による治療を行う。

 

斜角筋のストレッチも有効です。