肘部管症候群とギヨン管症候群(尺骨神経管症候群)


「尺骨神経の絞扼性神経障害」

手の小指と薬指にしびれ痛みが起こる疾患の一つに、尺骨神経障害があります。

 

尺骨神経が障害を起こす主な疾患には、肘部管症候群とギヨン管症候群(尺骨神経管症候群)があります。

 

肘部管症候群とギヨン管症候群は、肘部管とギヨン管(図1参照)という、骨や靭帯、筋肉(筋膜)で出来たトンネル内で神経が締め付けられて起こる、絞扼性神経障害です。 

肘部管症候群は、発生頻度の高い疾患で、ギヨン管症候群は、それほど発生頻度が高くない疾患です。

 

手根管症候群は女性に多い疾患ですが、肘部管症候群とギヨン管症候群は男性に多い疾患です。

 

「肘部管症候群」


肘部管

尺骨神経は、肘の内側の骨の出っ張り(上腕骨内側上顆)と肘の後ろの骨の出っ張り(肘頭)の間の溝(尺骨神経溝)を通ります。 

*肘をぶつけると電気が走る所です。

 

この溝の上を、オズボーンズバンドと滑車上肘靭帯が覆い、肘部管と呼ばれるトンネルを形成します(図2参照)。

 

*オズボーンズバンドは尺側手根屈筋の二頭間に張る腱膜で、滑車上肘靭帯は上腕骨内側上顆と肘頭の間に張る靭帯です。

 

肘部管症候群は、尺骨神経が肘部管内で圧迫・絞扼(しめつける)・牽引(引っ張る)・摩擦(こすれる)されて障害を起こす疾患です。

 

又、尺骨神経は、肘部管より近位の上腕三頭筋内側頭や、遠位の尺側手根屈筋、浅指屈筋、深指屈筋により圧迫・絞扼される事もあります(図2参照)。

  

*肘部管内の尺骨神経は、感覚線維が運動線維よりも表面にあるので、感覚障害の方がより早く現れ、より強く出る傾向があります。

 

「ギヨン管症候群(尺骨神経管症候群)」


ギヨン管・A

尺骨神経の遠位部は、豆状骨と有鉤骨鉤との間で、横手根靭帯(屈筋支帯)と豆状有鉤靭帯の上を尺骨動・静脈を伴って通過します。

 

*図Aでは血管を省略しています。

 

この部分は、ギヨン管または尺骨神経管と呼ばれています。

ギヨン管・B

尺骨神経はギヨン管内で浅枝と深枝に分かれます。

 

深枝は手の中の筋肉(運動)を支配し、浅枝は感覚を支配します。

 

小指球筋は深枝の上を覆い、豆状骨と有鉤骨鉤間で腱膜性アーチを形成します(図B参照)。

 

この腱膜性アーチ部で深枝が圧迫され、手の運動障害が起こる事があります。

ギヨン管・C

長掌筋の延長部の手掌腱膜からは、掌側手根靭帯と短掌筋が延び、ギヨン管の上を覆います。

この2つの部位でも尺骨神経が圧迫される事があります(図C参照)。

 

掌側手根靭帯部では浅枝と深枝の両方が圧迫され、運動と感覚の両方が障害されます。

 

短小筋部では浅枝のみ、又は浅枝と深枝の両方が障害される可能性があります。

 

これらの部位で尺骨神経が圧迫・絞扼されて生じる疾患がギヨン管症候群または尺骨神経管症候群と呼ばれています。

 

ギヨン管症候群は圧迫される部位により、感覚の障害のみ、運動の障害のみ、感覚と運動の両方の障害であったりと多彩な症状を訴えます。

 

 

「肘部管症候群とギヨン管症候群の症状・診断」


尺骨神経の感覚神経が障害を受けると、手の小指と薬指の小指側半分にシビレや痛みが起こります。

 

肘部管症候群では、手の平と手の甲の小指側にもシビレや痛みが起こります(下図参照)。

 

手の平と手の甲の小指側への神経(掌側皮枝、手背皮枝)はギヨン管に入る前に枝分かれして出ていく為に(上図1参照)、ギヨン管症候群では、手の平と手の甲の小指側の感覚は障害されません(下図参照)。

感覚障害の感じ方は、ピリピリした痛み、不快なシビレ感、灼けつくような痛みなど様々です。

 

骨間筋と母指内転筋の作用

運動神経の尺骨神経深枝(上図B参照)が障害を受けると、骨間筋(人さし指から小指の内転と外転)、母指内転筋(親指の内転)、小指球筋(小指のMP関節での運動)、第4・5虫様筋(小指と薬指のMP関節の屈曲とDIPとPIP関節の伸展)の運動障害が起こります。

 

これら手内筋の障害により、指の細かい動きが上手く出来なくなります(巧緻運動障害)。

 

しかし、正中神経損傷時(手根管症候群など)とは異なり、親指、人さし指、中指の感覚は正常に保たれる為、指先で 物をつまむ動作などの手の機能は比較的よく残されます。

 

「指交叉試験」

尺骨神経深枝の障害では、指の内転・外転運動に障害が起こる為、中指を人さし指の上に乗せる指交叉試験が上手く出来なくなります。

 

「鷲手変形(かぎ爪変形)」

鷲手変形は、小指と薬指の虫様筋の麻痺により、小指と薬指のMP関節は伸展、PIPとDIP関節は屈曲し、骨間筋の麻痺の為、指は少し外転します。

 

又、骨間筋、母指内転筋、小指球筋が麻痺の為に萎縮(やせる)してくると図で示す部分がくぼんできます。

 

「フロマン徴候」

フロマン徴候

フロマン徴候は、両手の親指と人さし指で紙を挟み、引っ張り合った時に、親指の内転筋力の低下を補う為に、長母指屈筋が作用し、障害側の親指が曲がります。

 

指が曲がればフロマン徴候陽性です。

 

 

「ティネル徴候」

ティネル徴候 尺骨神経障害

ティネル徴候陽性

ギヨン管部をハンマーで叩くと、尺骨神経に沿って小指と薬指にシビレや痛みが響きます。

 

陽性の場合、ギヨン管症候群です。

 

肘部管部をハンマーで叩くと、肘関節部と尺骨神経に沿って小指と薬指にシビレや痛みが響きます。

 

陽性の場合、肘部管症候群です。

 

ハンマーでなくても指先で叩いても検査できます。

 

 

「尺骨神経伸張テスト」

尺骨神経伸張テスト

肘部管症候群のテストには尺骨神経伸張テストを行います。

 

肘関節を最大屈曲、手関節は最大伸展、前腕を最大回内位に保持し、1分以内にシビレ、痛みが悪化すれば陽性です。

 

ギヨン管症候群でも陽性になる事があります。

 

手関節を中間位でテストしても症状が増悪するか、ファレンテストが陰性の時は肘部管症候群です。

 

肩を90度外転、肘を伸展、前腕を回外、手関節を中間位にすると肘部管が最も緩みます。

 

「ファレンテスト」

ファレンテスト ギヨン管症候群

ギヨン管症候群のテストにはファレンテストと逆ファレンテストを行います。

 

ファレンテスト陽性

両手首を直角に曲げて手の甲を合わせて保持し、1分間以内にシビレ、痛みが悪化すれば陽性です。

 

逆ファレンテスト陽性

両手首を直角に背屈して保持し、1分以内にシビレ、痛みが悪化すれば陽性です。

 

肘部管症候群では、上記の症状に加えて、尺側手根屈筋の障害(手首を小指側に屈曲する力が弱まる)や深指屈筋の第4・5指の障害(小指と薬指を曲げる力が弱まる)が起こります。

 

これらの筋の麻痺が続くと、前腕の小指側の筋肉も痩せて扁平化してきます。

 

これらの筋への筋枝は、ギヨン管よりも手前の肘関節付近で分岐する為、ギヨン管症候群では障害を受けません(上図1参照)。

 

ギヨン管症候群では、深指屈筋の小指と薬指を曲げる筋力が正常に残る為、肘部管症候群に比べると、小指と薬指の屈曲が強くなり、鷲手変形が顕著になります。

 

小指や薬指にシビレを訴える胸郭出口症候群頚椎疾患、筋肉(筋膜)からの関連痛トリガーポイント)などと鑑別する必要があります。

※ トリガーポイントによる肘・前腕・手の痛み

 

骨の変形などの骨の異常にはレントゲン検査が、腫瘍や腫瘤(ガングリオン)にはエコーやMRIによる検査が行われます。

又、筋電図検査も必要に応じて行われます。 

 

「肘部管症候群とギヨン管症候群の原因」


尺骨神経は、肘部管部とギヨン管部では、皮膚表面近くで、硬い骨のすぐ上を走っており、神経が障害を受けやすい状態になっています。

 

「肘部管症候群」

・肘部管内の腫瘍や腫瘤(ガングリオンなどのできもの)

・肘の使い過ぎ(投球やテニス、肘関節の長時間の屈曲・回内、肘部管部の圧

 迫など)

・関節リウマチ、変形性関節症、骨折や脱臼による骨の変形(子供の時の骨折

 の後遺症による外反肘は遅発性尺骨神経麻痺を生じる事があります)

*外反肘は肘が外に曲がった状態です。

 

「ギヨン管症候群」

・ギヨン管内の腫瘍や腫瘤(ガングリオンなどのできもの)

・手の使い過ぎ(杖や車椅子の使用、自転車のハンドルの把握などによる小指

 球部への刺激など)
・関節リウマチ、変形性関節症、骨折や脱臼による骨の変形

・神経に伴走して走る尺骨動・静脈による圧迫

 

糖尿病、頚椎症、アルコール中毒、ビタミン欠乏症などにより障害がより起こり易くなります。

 

又、原因がはっきりしない事もあります。

 

「肘部管症候群とギヨン管症候群の治療」


まずは、骨盤、腰椎、胸椎、頚椎をチェックして全体のバランスを取るように矯正します。

 

尺骨神経は、頚椎7番と胸椎1番、胸椎1番と胸椎2番の間から背骨を出ます。

 

頚椎に異常があると、二次的に絞扼性神経障害(肘部管症候群やギヨン管症候群など)を引き起こし易くなります。

 

矯正により、背骨と骨盤のバランスが良くなると、頚椎の状態も良くなり、肘部管症候群やギヨン管症候群に関連する神経や筋肉の状態も良くなります。

 

体全体の経絡の調整によって全体のバランスを整える事も効果的です。

 

「局所的な治療」

肘部管症候群では、肘関節の矯正と上腕三頭筋、尺側手根屈筋、浅指屈筋、深指屈筋と、これらに関連した筋肉(共同して働く筋肉や拮抗して働く筋肉)の 反応点(トリガーポイントによる体幹上部と上肢の痛み・2肘・前腕・手の痛み参照)に鍼治療や徒手による治療を行います。

 

ギヨン管症候群では、手根骨の矯正と長掌筋、尺側手根屈筋、小指球筋と、これらに関連した筋肉に鍼治療や徒手による治療を行います。

 

「付録」


ギヨン管と手根管

ギヨン管と手根管の位置関係を示しています。